どこにでもディープな場所ある。それは五島の小さな島でも同じ。観光地図を頼りに行った先で足を踏み入れたのは、見たことがない姿の寺だった。
ディープな地図が教えてくれた古刹 栄健寺
ことの始まりは久賀島が発行している観光マップを手にしたことだった。観光マップには二種類ありそのうちの「ディープバージョン」を開くとそこには見慣れぬ寺が紹介されていた。
これがその観光マップ。「ディープバージョン」と書かれてある。一体何がディープなのか、最初はそう思ったのだがその理由はこの後体験することになる。
場所は久賀島の福見地区。島の北東側に位置する集落だ。写真にある右側の細い路地を進めと地図は示している。
途中、蜘蛛の巣など顔にからみつき、伸び放題になっている雑草をかぎわけようやく見えてきたのがこの建物だった。かなり傷んでいる建物のように見える。
建物の近くまでたどり着きふと左側を見たときに度肝を抜かれた。6体の地蔵様がこちらを見ている。しかもこんな天気がいい日なのに薄暗い中から凝視しているように。確かにここは寺だとこのときに確信した。
この寺の名は、栄健寺。観光マップによれば、延宝3年(1657年)の記録に名が出てくる古刹だそうだ。しかし寛政5年(1793年)に出火しすべてが焼失。現在の建物の再建時期などは不明とのこと。
確かに栄健寺中興院の文字は見て取れる。しかし、いつ建てられたかわからないとは意外だ。さらに調べてみるとかつては五島藩の祈願所で福見の恵剣寺と呼ばれていたそう。歴代のご住職がなぜか短命だったために「栄健寺」と名前を変えたとのこと。
住人が少なくて十分な手入れがされてないからか建物はこのような姿なのかもしれない。引き戸を開けると中にはきちんと祀られていて仏様に手を合わせておいた。
建物のすぐよこに小川、と言ってもちょろちょろ水が流れているせせらぎ程度の川がある。この川がかつては眼病に効くといわれ、この川の水を求めて寺には多くの参拝者があったということである。この地も昔は栄えていた場所だったのだ。時が経ち土地から人がいなくなると場所はどのよう廃れるのかということが少し理解できたように感じた。
久賀島のディープな観光マップは本当にディープなところに連れてきてくれた。ご興味あればぜひこの地に来られてみてはいかがだろうか。久賀島の歴史の一旦を感じられるはずだ。