五島列島に来ていた坂本龍馬

幕末の有名な志士である坂本龍馬。龍馬が五島列島に来ていたという事実はあまり知られていない。しかし、中通島には龍馬ゆかりの地としと銅像が立っている。龍馬の五島列島の足取りを探ってみた。

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遭難船の慰霊のためにやってきた龍馬

1866年(慶応2年)、龍馬たちが起こした亀山社中が帆船ワイル・ウエフ号を購入した。練習航海のために長崎を出発し鹿児島に向かった同号は、途中で暴風雨に遭ってしまう。そして五島塩谷埼沖で遭難してしまった。

龍馬は、京都の寺田屋で伏見奉行に暗殺されかけた寺田屋事件で手に大けがを負う。この船の遭難のときは手の治療のために薩摩に滞在中であった。

遭難した船に乗っていた乗員の4名は救助されたが、12名は死亡。この遭難者の慰霊のために龍馬はこの地を訪れた。これが五島に龍馬が来た由来となっている。

新上五島町江ノ浜郷にある「坂本龍馬ゆかりの地」では、大きな碑が建てられている。龍馬は、江ノ浜で碑文をたしなめ資金とともに石碑の建立を依頼したという。このときに作られた墓碑はいまでも江ノ浜共同墓地にある。左端に写っているはワイル・ウエフ号の舵取り棒のレプリカ。この実物は、近くにある民宿「潮騒」に展示されている。

遭難した塩谷埼沖を見つめて合掌する龍馬像が建てられている。合掌する龍馬像があるのはここだけ。

龍馬像の台座につけられた「遭難の図」のレリーフ板。同時遭難した船で助けを求める乗員の惨劇のシーンが描かれている。また司馬遼太郎の「竜馬がゆく」のなかにもこの遭難事件で社中の仲間をなくして落胆する龍馬の様子が描写されている。

遭難したワイル・ウエフ号のレリーフ板。

同じ龍馬の銅像が有川港ターミナル内にもある。合掌している龍馬像はここだけにしかない。龍馬ゆかりの地に行けなくてもターミナル内で銅像は見学できるのでぜひ見ておきたい。

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