五島列島名物 五島いものルーツを語る顕彰碑

五島列島の名物にかんころ餅や芋焼酎などがあるが、福江島にさつまいもが渡ってきた歴史を示す碑が建っている。現在の五島いものルーツを知ることができる五島さつまいもの顕彰碑を紹介しよう。

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田原伝吉が鹿児島より持ち込み田中庄三郎が発展させた五島いも

福江島に現在の五島芋の苗の元になったのが持ち込まれたのは江戸末期にさかのぼる。それ以前にもいもの栽培は行われていたが、育てるのに十分できる環境になかった。新たにさつまいものを持ち込み今日にまでいたるきっかけとなった証の碑が残っている。

顕彰碑が建っているのは、ごとう農業協同組合富江支店の正面(JAごとう)。建物の真正面にあるので見失うことはないはず。

「記念碑」と書かれた碑に貢献した両氏について説明が書かれてある。その文字をよく読んでみるが、漢文などで書かれてあるので一読しただけでは正直理解しにくい。

その下に解説が現代文で書かれてある。要約すると、富江で商いをしていた田原伝吉が鹿児島からさつまいもの苗(甘藷苗)を仕入れた。さつまいもの苗について研究していた田中庄三郎にそれを与え、田中が一般に普及させるように努めたことが現在の五島いもの苗のルーツになっているということだ。

田原伝吉、田中庄三郎、この二人がいなかったら五島でのさつまいも関連の名産品はなかったかもしれない。その二人の貢献を記念して建てられているのがこの顕彰碑ということになる。

現在は、五島いも関連の商品はいろいろと出回っているが、そのルーツは江戸末期にさかのぼることを知ると、五島いもの商品を食べたときの味わいが少し変わってくるかもしれない。

なににでもそのルーツとなることはあるが、それを知るきっかけになるものは案外身近にある。

このJAごとうに行ってもうひとつ気になったのが、建物にあった旧農協のマーク。現在農協は、JAの愛称を使用。今はほとんど旧農協のマークを目にすることはないが、JAごとうの建物は古く、壁面のタイルでその農協マークをかたどっているためにそのままにしているとみられる。農協のマークが見られる建物が残っているということも実は貴重だ。

現在のJAごとうのマークはこちら。こらちは今では見慣れたJAマーク。

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