五島列島福江島の全13教会一覧ガイドマップ

五島列島福江島に現存している13の教会のすべてをリストアップ。教会への地図も入れてあり教会巡りにも活用できるガイドマップ。

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福江島にある教会は全部で13教会

五島列島福江島にある教会の数は全部13教会。すべての教会を順にリストアップしていく。

1.福江教会

五島市の中心部にあり信徒数も最も多い教会。福江教会の歴史は1896年に久賀島から信徒が福江島に移り住んだとこから始まる。1962年に聖堂を新築したが半年後に福江大火が発生。しかし奇跡的に焼失を免れた歴史を持つ。

教会の正面には大きなキリスト像が見える。

マリア像のもとには大きな星印がある。

2.堂崎教会

1880年にマルマン師により堂崎に仮聖堂が建てられた。現在の教会は1907年にペリー師により建てられる。このときはまだ修行中だった後に教会建築の父と呼ばれる鉄川与助も加わっていた。赤レンガでできたゴシック様式の教会。内部は、リブ・ボールド天井になっている。

現在は教会の資料館としての役割も担っている。入館するには入場料が必要。

教会の前にある庭には、マルマン神父とペリュー神父の像、奥に見えるヨハネ五島殉教像などが建てられている。

「アルメイダの宣教」のレリーフ。

3.水ノ浦教会

水ノ浦教会は最初は、1880年(明治13年)に木造建ての教会がこの地に建てられる。周辺の楠原や打折からも大勢の信者が集まった。現在の聖堂は、1938年(昭和13年)に改築されたもの。これを手掛けたのは、鉄川与助。鉄川のリブ・ボールド天井を持つ最後の建築作品でもある。また現存する木造教会では国内最大となる。

1986年には台風被害に遭い大規模補修を行って現在に至っている。

小高い丘に教会が立っている。教会から眺めた風景。目の前に漁港が広がる。映画のロケ地としてもよく使われている。

4.井持浦教会

1897年(明治30年)に井持浦教会のペリュー神父が本家のルルドの泉を模したものを作ることを提案。フランスから聖母像を取り寄せ本物のルルドの水を注いで完成させた。これが日本で最初のルルドとなりその後他の教会にも設置されるようになる。

井持浦教会にあるルルドの泉。

井持浦教会のある玉之浦地区は、福江中心地からも離れていたことから、五島崩れのときも迫害はなかったそうだ。

5.浦頭教会

現在の浦頭教会は、1968年に建設された。浦頭の地に最初に初代の教会が建てられたのは、1888年。2代目は1921年に建てられて、現在の教会は3代目となる。

教会の形は横から見るとノアの箱舟を模して作られている。

浦頭教会にあるマリア像。

6.宮原教会

宮原地区は外海地区からの移住者が多い地で1885年ころに教会が設置されたとされる。現在の教会は1971年に完成。

十字架がなければ民家にも見間違えそう。

教会の入り口付近の風景。山間の中に教会はある。

7.半泊教会

1805年に外海から数家族が移ってきたが、土地が狭く半分だけが居付いたので「半泊」という地名になったといういわれがある。

台風の被害を避けるために現在は、教会前に石垣が築かれている。

1922年に聖堂は完成した。設計施工は鉄川与助。内部は、折上天井でブルーの色調が鮮やかだ。

8.玉之浦教会

1962年に建てられた教会。それまではこの地区には教会はなかった。

教会がなかった時代は、信徒宅の2階でミサが捧げられていた。

白い壁で尖った十字架は遠くからでも目立つ。この教会は映画「男はつらいよ」のロケ地にもなった。

9.楠原教会

1912年に鉄川与助に建てられた楠原教会。レンガ造りのゴシック様式の重厚感を感じる建物。教会近くには潜伏キリシタン信者が投獄された楠原牢屋が再現されている。当時の信者の労苦が垣間見れる。

教会正面は以前にあった楠原教会に似せてあるという。

楠原教会の脇にある駐車場に設置されている像。

10.打折教会

打折の集落には長い期間教会がなくこの地区の信者は楠原教会か水ノ浦教会まで時間をかけて出かけていた。最初に打折教会が建設されたのが1935年。最初の教会の老朽化にともない、現在の場所に教会ができたのが1973年である。

壁が白色で質素な打折教会。シンプルな切妻屋根の内部。

教会の脇に置かれていた鐘。

11.三井楽教会

外壁に陶器で描かれたモザイク壁画が目に飛び込んでくる三井楽教会。1880年に現在地にゴシック様式の木造教会が建てられ、その後1971年に現在の教会に建替えられている。教会内のステングラスは地元のボランティアが製作し2005年に完成したもの。

三井楽は外海の潜伏キリシタンが最初に住み着いた場所。1868年のキリシタン迫害はこの三井楽地区にも及んだ。

教会の隣の建物の壁画。三井楽教会は他の教会とはまた違った雰囲気がある。

12.貝津教会

貝津教会は、1924年に木造聖堂を建築。1962年に増改築を行い現在の教会になった。

仮教会ができていた当時は、信者であふれかえったそうだ。その流れで現在の教会の建築に至っている。

増改築のときに教会の尖塔がつけられた。教会内のステンドグラスが美しく、五島市が制作する「五島市教会巡りハンドブック」の表紙にもなっている。

13.繁敷教会

1853年にひとつのキリシタンの家族が10年かけて田を開墾したところから繁敷教会の歴史が始まる。その後他のキリシタンが集まるようになる。1870年からはこの地区の信者にも信者迫害の影響が及んだ。

最初の教会は別の場所にあったが、繁敷ダム建設のための作業員の宿舎使われその後不注意により焼失。さらに教会が建てられたがダムの建設区域内ということで取り壊される。現在の教会ができたのが1974年。

繁敷教会には鬱蒼とした山道を行く。山に開いた田ということから「山ん田」に建てられた教会とも言われている。

番外編.立谷教会跡地

立谷(たちや)教会は、1878年(明治11年)に教会堂を建立されたとある。その後1985年(昭和60年)に人口減少のために教会は閉鎖された。そしてその二年後に台風がきっかけで自然倒壊となってしまった。

跡地の由来を書いた碑とともにベンチがずらりと並んでいる。

教会跡地には現在、祈りの場が設けられている。ベンチが並び正面には、無原罪のマリア像が設置されている。

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