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五島列島を舞台にした谷崎潤一郎賞受賞作 「飛族」村田喜代子著

福江島

第55回谷崎潤一郎賞を受賞した「飛族(ひぞく)」は五島列島をモチーフにした舞台で書かれている小説。わずか2人の老婆が住む離島での現実、島の周囲にある自然とそこに住む人との間にだけに見える異界。そして国境離島や島に住むことなどについて考えさせられる作品。

離島に住む老婆、そこに娘が連れ帰ろうと訪ねてくる…

この本の表紙を開くと、前書きも目次もない。いきなり小説が始まる。なんの前置きもなく始まる物語を読み始めると章立てもないので一区切りを付けることもなく2時間ほどで読了してしまった。それくらい引き込まれる文体だった。

五島列島が舞台と書いたが、本文では五島とか実在する島名は出てこない。養生島という架空の島が舞台だ。しかし、本の中に書かれているこの島の位置関係や史実の出来事は五島列島や福江島を指している。実際に読売新聞に掲載された著者の村田喜代子氏による「谷崎潤一郎賞に寄せて」の寄稿文では、この小説と福江島についての関係にも触れている。

日本は海に囲まれているのであまり国境を意識することは少ないが、五島列島のような国境離島ではそれが不審船という目に見えたものがやってくることで国境を実感することがある。この小説ではこの「国境離島」というワードが重要な意味合いを持つ大きなテーマになっている。平和ボケとも揶揄されることも少なくない私たちだが、国境離島の重要性について考えるきっかけにもなる内容だと感じた。

そしてもうひとつのテーマになっているのが島に住む人と異界との境界線だ。漁師や海女たちは、海で命を懸けて生きている。これまでに多くの人がその海で犠牲にもなっている。しかし、亡くなったはずのひとが島に飛ぶ鳥や家族を通してつながりを持ち続ける。これは小説の中の話しだけではなく、説明のつかない不思議な話しは実際にいくらでもある。五島には不思議な言い伝えが多いのもこの本を読んでいくとその理由がわかるような気になってくる。

ネタばれしない程度にあらすじを簡単に紹介すると、老婆2人だけで住む離島に娘が余生の面倒をみようと本土に連れに帰ろうとやってくるところから始まる。60歳を過ぎた娘は、しばらく母親と島で過ごすうちに国境離島に暮らすこと、海や自然の中で生きることを考えるようになる、という内容だ。

個人的には島にはなぜ犬は少なく猫が多いのか、そのことについてさらりと小説のくだりに書かれていたのだがその理由には少し驚いてしまった。まだまだ知らないことが多い五島列島、この小説を読むとさらに興味が湧いてくる。